QRコード
QRCODE
アクセスカウンタ
読者登録
メールアドレスを入力して登録する事で、このブログの新着エントリーをメールでお届けいたします。解除は→こちら
現在の読者数 0人
プロフィール
岩崎綾之
つくば市茎崎在住の社会人。普段の仕事は地元での工場勤務。請負社員やってます。副業としてノベルゲームの原稿書きのアルバイトもやっているけれど、小説形式のRPGというマイナーなジャンルなので知名度はイマイチ。仕事休みの日は映画を観に行ったりカラオケに行ったりすることが多かったけれど、2007年秋から地元の在日難民支援NPOの活動に関わるようになり、今ではそっちの会報の原稿を書いたりすることもあり。2008年10月よりどういうわけか劇団バリリー座に参加し、人手不足から役者を務める羽目に。それがこのブログを立ち上げたそもそものきっかけ。

PR

本広告は、一定期間更新の無いブログにのみ表示されます。
ブログ更新が行われると本広告は非表示となります。

  
Posted by つくばちゃんねるブログ at

2011年04月18日

田んぼ塾に入りました

 だってさ、昔から騒がれてたじゃない。日本の食糧自給率の悪さ。
 ついこの前までTPP参加を巡って農水省と経産省、JAと経団連、それに一般市民の賛成派と反対派がガチにバトロワってたところへ、大震災と大津波と原発事故が一気に襲ってきたもんだから、そっちの議論は棚上げってムードが漂ってるけど、ヤバいんだよね。
 政府の一部の人間は、この大混乱の機に乗じて火事場泥棒みたいな強引さで、TPP参加を一気に進めてしまおうと考えているらしいんだな。浜田和幸議員が自分のサイトでその事を取り上げているし、本も出してるし。

 でもこの前、あの雨宮処凛さんが土浦でトークショーを開いた時、それを聞きに言った私が国債大暴落とTPP問題のからみで質問したら、「そんな難しい話についていけませ~ん!」ってなこと言われてしまった。そんなに難しいかな~。毎日毎日、新聞をじ~っくりと隅から隅まで読んでりゃ分かると思うんだけど。でも、そういうのは人それぞれだしな。

 前置きが長くなったけど、もっと分かりやすい話を書きます。

 一昨日、4月16日土曜日に龍ヶ崎の農家の方が開いている田んぼ塾に、初めて行ってきました。実際の農作業を体験しながら米作りを学ぶ塾で、実習の場所は農家の田んぼです。
 この前の大震災で、茨城県南の田んぼが液状化して砂が噴き出したりしたというのをニュースで知っていて、塾の田んぼは大丈夫なのかと心配だっのですが、塾長に尋ねると被害が大きかったのは稲敷市のほうで、龍ヶ崎市の田んぼの被害はそれほどでもなく、塾の田んぼもポンプが故障した程度の被害で済み、そちらの修理も済んで田んぼ塾も予定通り開くことが出来たということです。

 現地へ行ってみると、まだ水の引いていない田んぼに塾生達が集まって、有機農業のやり方で作った肥料を撒いているところでした。田んぼはいくつかの区画に区切ってあって、一番大きな区画が約1反分(1000平方メートル強)。ちなみに田んぼの面積を単位で換算すると、

 1町分=10反分=300坪

となるそうです。昔から使われていた1反分は、一人の人間を養っていくのに必要な広さだと聞いたことがありますが、その広さが具体的にどのくらいかを、初めて知ることが出来ました。

 一見するとどこも同じように見える田んぼですが、水源に近い区画は高めに、遠い区画は低めになっていて、水が自然に流れ込む工夫がされています。

 作業の後、田んぼから離れた作業所へ行って、田んぼに植える苗を見せてもらいました。苗の育て方にもコツがあって、寒い時期には苗代をビニールシートで覆って保温するのですが、日中もそのまま放っておくと高温になりすぎて苗が弱ってしまうので、小まめな温度管理が必要だそうです。

 その他、道具を使った効率的な除草のやり方についても教わりました。

 これから毎週土曜日、東京で夜勤の仕事をした後になりますけれど、私は田んぼ塾に通います。  

Posted by 岩崎綾之 at 21:16Comments(0)農業

2011年04月10日

実は今、ネットカフェにいるのです

真夜中に6号国道を自転車で突っ走って、今、かすみがうら市のネットカフェに来てます。
つくば市からはちょっと遠いけど、オープン席の3時間パックが500円というお値段、こんなにリーズナブルな料金設定のお店って、県南じゃ他にないもんで。久々にゆっくりとパソコン画面に向き合えるなぁ。
んじゃこれからちょっとばかし、至福の時を過ごさせてもらいま~す。  

Posted by 岩崎綾之 at 22:35Comments(1)人生いろいろ

2011年04月04日

被災地からの手紙が開催させたコンサート

 私がユーオーディアコンサートのことを知ったのは4月1日。
 つくば市のNPO法人、自然生クラブのホームページで短い告知文を見たのがきっかけだった。最初はどこで開催されるかも分からず、またユーオーディアという名前にもこれまで馴染みがなかったので、自然生クラブのYさんにメールで問い合わせてみたら、場所は東京の新宿だとメールのレスが返ってきた。しかも入場料は一番安いB席でも2500円。この大変な時期にこの出費はきついとは思ったけれど、是非来てくださいとYさんが勧めるので、少々悩みながらも出かけることにした。Yさんは今回の原発事故の問題に真剣に取り組んでいたし、こちらもYさんに渡すべき資料があった。Yさん自身もコーラスで参加するというし、コンサートの終わりにでも会って資料を手渡せればと思って出かけた。
 会場は東京オペラシティコンサートホール。ここへ行くのは初めてだった。最初はこじんまりしたホールを想像していたのだが、行ってみて驚いた。新宿・初台の一等地にやたらどでかい建物が居座っている。それが東京オペラシティのビルだった。敷地だけでも私には馴染みの水戸芸術館が5つも6つも入りそうで、しかも凄く贅沢な建物の建て方をしている。甲州街道の大通りに面した出入口からホールまで延々と続く、長く広々とした通路だけでも驚嘆すべき、というより呆れた。よくもまあ、土地の値段だけでもべらぼうに高いはずのこの場所に、こんなブルジョアの殿堂みたいな代物を。でもオペラ愛好家の小泉元総理がよく来ていそうな場所だな。なんて思いながらホール入り口でチケットを買い、中へ入った。
 ホールはこれまで私が見た中で一番広い。音楽専用のホールでこれほど豪華なのは、これまで見たことがない。私の席は2階席だったが、そこから見下ろせる1階席はほとんど人で埋まっている。やがて開演の時間となり、ユーオーディアの代表から挨拶があった。

 その挨拶で語られたのが次の話だ。

 このコンサートの開催を巡っては、代表をはじめスタッフも相当悩んだ。
 予想もしなかった未曾有の災害、東日本大震災と福島第1原発事故が起きてしまった今、このコンサートを予定通りに開催すべきか、それとも中止すべきなのか。その問題を巡ってスタッフの間で激論が続いたが、意見はまとまりそうにない。
 そんな折、被災地の宮城県から1通の手紙が届いた。
 ユーオーディアのメンバーからの手紙だった。私は会場でメモを取らずにいたので、自分自身の記憶だけを頼りに書くことになるが、その手紙には次のような話が書かれていた。

 私は無事です。ですが私の幼馴染は2人の子供を残したまま津波にさらわれ、今も行方不明です。
 私の住む仙台の若林区は被害の最も大きい地域で、私は地元の避難所でボランティアを始めましたが、その避難所さえとても酷い状況で、そこに居るだけで気分が悪くなってしまうような場所です。あの大津波の後も、また津波が来るという知らせが届いたことがありました。後でそれは誤報だと分かったのですが、その時の私は車椅子の避難者の方を数人がかりで持ち上げて、上の階へと避難させましたが、その時はこれで自分も終わりかもしれないと覚悟を決めました。
 これまでの日常が破壊されてしまい、大変な状況で生きている私達ですが、それでもふと夜中に夜空を見上げると、満天に輝く星の美しさに驚きます。そして神様の創った自然はこれほどまでに美しかったのかと気づかされます。同時に、これまでの自分達はこんなにも美しいものが身近にあることに気づかぬまま、心を曇らされてその日その日を生きてきたことを悔やみたくなります。今の私はこれまでになく人間の罪深さと弱さを思い知らされ、その一方で神様の創った自然の美しさを賛美したいという強い想いがあふれてきます。
 ユーオーディアの皆様にお願いです。このような時だからこそ、神様を賛美してください。聖書の言葉にあるように、良き時も悪しき時も変わることなく、神様を讃え続けてください。

 この手紙を読んだスタッフ達の意見はたちどころにまとまったという。
 今のこの時だからこそコンサートを開催しよう。良き時も悪しき時も変わることなく、神様を讃える言葉を伝えていこうと。
 そして予定されていたコンサートは、被災地へ祈りを届けるコンサートとして開催された。

 私はキリスト教徒ではない。
 キリスト教のことはそれなりに学んでいるが、信者になろうという気はない。
 ユーオーディアはキリスト教に基づく音楽活動をしている団体だが、私はコンサートの当日までそのことを知らなかった。音楽の好みから言っても、「クラシックなんか聴いても退屈するだけだ」と常日頃から思っていた私は、高校卒業以来クラシックのコンサートに足を運んだことがなかった。なのに会場で手渡されたプログラムを見ると、演目はクラシックと賛美歌ばかり。私が一番心配だったのは、演奏を聴きながらついつい居眠りしてしまわないかということだった。コンサート当日も仕事の夜勤明けで、睡眠は電車の中で仮眠した程度。コンサートで眠り込んでしまう心配も大きかったのだが‥‥幸いなことにその心配は取り越し苦労で済んだ。それでもクラシックの演奏は──Yさんに言わせると一流の演奏なのだが──やはり私にはとっつきにくい感じがした。
 それでも最初の挨拶で、このコンサートが開かれるまでの経緯を知ることが出来たことはとても良かった。自分にとってはコンサートそのものよりも、コンサートが開かれるまでの話を聞けたことのほうが収穫だった。
 大震災と原発事故で日本中に自粛ムードが蔓延する今、中止されるイベントが数多いと私は聞いている。しかし、この深刻な状況下でもユーオーディアはコンサートを開催した。しかも開催を実現させたのは、被災地からの一通の手紙だった。
 私はこのことを、一人でも多くの人に知って欲しいと思う。

 余談だが、コンサートの終わりに会おうと思っていたYさんとは、結局会場では会えなかった。しかし会場スタッフの方が「コーラス参加者とはお会いできませんが、渡すものがあれば責任をもってお届けします」と対応してくれたので、私はYさんに渡す書類を預けたが、その時のスタッフの対応が見事だった。大勢の参加者の中にいるYさんの名前をきちんと覚えていて、同姓の参加者との名前の違いやYさんの出身地まで把握していたのには感服した。後日、Yさんからお礼のメールが届き、私が預けた書類が無事に届けられたことも確認できた。

※ユーオーディアのサイトはこちら
 http://euodia.jp/  

Posted by 岩崎綾之 at 20:56Comments(0)東日本大震災

2011年04月04日

被災地からの手紙が開催させたコンサート

 私がユーオーディアコンサートのことを知ったのは4月1日。
 つくば市のNPO法人、自然生クラブのホームページで短い告知文を見たのがきっかけだった。最初はどこで開催されるかも分からず、またユーオーディアという名前にもこれまで馴染みがなかったので、自然生クラブのYさんにメールで問い合わせてみたら、場所は東京の新宿だとメールのレスが返ってきた。しかも入場料は一番安いB席でも2500円。この大変な時期にこの出費はきついとは思ったけれど、是非来てくださいとYさんが勧めるので、少々悩みながらも出かけることにした。Yさんは今回の原発事故の問題に真剣に取り組んでいたし、こちらもYさんに渡すべき資料があった。Yさん自身もコーラスで参加するというし、コンサートの終わりにでも会って資料を手渡せればと思って出かけた。
 会場は東京オペラシティコンサートホール。ここへ行くのは初めてだった。最初はこじんまりしたホールを想像していたのだが、行ってみて驚いた。新宿・初台の一等地にやたらどでかい建物が居座っている。それが東京オペラシティのビルだった。敷地だけでも私には馴染みの水戸芸術館が5つも6つも入りそうで、しかも凄く贅沢な建物の建て方をしている。甲州街道の大通りに面した出入口からホールまで延々と続く、長く広々とした通路だけでも驚嘆すべき、というより呆れた。よくもまあ、土地の値段だけでもべらぼうに高いはずのこの場所に、こんなブルジョアの殿堂みたいな代物を。でもオペラ愛好家の小泉元総理がよく来ていそうな場所だな。なんて思いながらホール入り口でチケットを買い、中へ入った。
 ホールはこれまで私が見た中で一番広い。音楽専用のホールでこれほど豪華なのは、これまで見たことがない。私の席は2階席だったが、そこから見下ろせる1階席はほとんど人で埋まっている。やがて開演の時間となり、ユーオーディアの代表から挨拶があった。

 その挨拶で語られたのが次の話だ。

 このコンサートの開催を巡っては、代表をはじめスタッフも相当悩んだ。
 予想もしなかった未曾有の災害、東日本大震災と福島第1原発事故が起きてしまった今、このコンサートを予定通りに開催すべきか、それとも中止すべきなのか。その問題を巡ってスタッフの間で激論が続いたが、意見はまとまりそうにない。
 そんな折、被災地の宮城県から1通の手紙が届いた。
 ユーオーディアのメンバーからの手紙だった。私は会場でメモを取らずにいたので、自分自身の記憶だけを頼りに書くことになるが、その手紙には次のような話が書かれていた。

 私は無事です。ですが私の幼馴染は2人の子供を残したまま津波にさらわれ、今も行方不明です。
 私の住む仙台の若林区は被害の最も大きい地域で、私は地元の避難所でボランティアを始めましたが、その避難所さえとても酷い状況で、そこに居るだけで気分が悪くなってしまうような場所です。あの大津波の後も、また津波が来るという知らせが届いたことがありました。後でそれは誤報だと分かったのですが、その時の私は車椅子の避難者の方を数人がかりで持ち上げて、上の階へと避難させましたが、その時はこれで自分も終わりかもしれないと覚悟を決めました。
 これまでの日常が破壊されてしまい、大変な状況で生きている私達ですが、それでもふと夜中に夜空を見上げると、満天に輝く星の美しさに驚きます。そして神様の創った自然はこれほどまでに美しかったのかと気づかされます。同時に、これまでの自分達はこんなにも美しいものが身近にあることに気づかぬまま、心を曇らされてその日その日を生きてきたことを悔やみたくなります。今の私はこれまでになく人間の罪深さと弱さを思い知らされ、その一方で神様の創った自然の美しさを賛美したいという強い想いがあふれてきます。
 ユーオーディアの皆様にお願いです。このような時だからこそ、神様を賛美してください。聖書の言葉にあるように、良き時も悪しき時も変わることなく、神様を讃え続けてください。

 この手紙を読んだスタッフ達の意見はたちどころにまとまったという。
 今のこの時だからこそコンサートを開催しよう。良き時も悪しき時も変わることなく、神様を讃える言葉を伝えていこうと。
 そして予定されていたコンサートは、被災地へ祈りを届けるコンサートとして開催された。

 私はキリスト教徒ではない。
 キリスト教のことはそれなりに学んでいるが、信者になろうという気はない。
 ユーオーディアはキリスト教に基づく音楽活動をしている団体だが、私はコンサートの当日までそのことを知らなかった。音楽の好みから言っても、「クラシックなんか聴いても退屈するだけだ」と常日頃から思っていた私は、高校卒業以来クラシックのコンサートに足を運んだことがなかった。なのに会場で手渡されたプログラムを見ると、演目はクラシックと賛美歌ばかり。私が一番心配だったのは、演奏を聴きながらついつい居眠りしてしまわないかということだった。コンサート当日も仕事の夜勤明けで、睡眠は電車の中で仮眠した程度。コンサートで眠り込んでしまう心配も大きかったのだが‥‥幸いなことにその心配は取り越し苦労で済んだ。それでもクラシックの演奏は──Yさんに言わせると一流の演奏なのだが──やはり私にはとっつきにくい感じがした。
 それでも最初の挨拶で、このコンサートが開かれるまでの経緯を知ることが出来たことはとても良かった。自分にとってはコンサートそのものよりも、コンサートが開かれるまでの話を聞けたことのほうが収穫だった。
 大震災と原発事故で日本中に自粛ムードが蔓延する今、中止されるイベントが数多いと私は聞いている。しかし、この深刻な状況下でもユーオーディアはコンサートを開催した。しかも開催を実現させたのは、被災地からの一通の手紙だった。
 私はこのことを、一人でも多くの人に知って欲しいと思う。

 余談だが、コンサートの終わりに会おうと思っていたYさんとは、結局会場では会えなかった。しかし会場スタッフの方が「コーラス参加者とはお会いできませんが、渡すものがあれば責任をもってお届けします」と対応してくれたので、私はYさんに渡す書類を預けたが、その時のスタッフの対応が見事だった。大勢の参加者の中にいるYさんの名前をきちんと覚えていて、同姓の参加者との名前の違いやYさんの出身地まで把握していたのには感服した。後日、Yさんからお礼のメールが届き、私が預けた書類が無事に届けられたことも確認できた。

※ユーオーディアのサイトはこちら
 http://euodia.jp/  

Posted by 岩崎綾之 at 20:54Comments(0)東日本巨大地震